『日本になじめない…なぜ海外生活が長い人は帰国後うつになるのか?』という記事を書いたとき、miomioさんからはこんなコメントを頂いた。
へぇ。。そんなんで鬱になる人が居るんですね。
戦地から帰還した兵士でもないのに。
うつという言葉をこういったブログやメディアで使い過ぎるからうつが蔓延するのでは?うつに誘導するかのように。
日本人は何かあると直ぐにうつうつって(笑)
メンタルトレーニングするとかスポーツ等をしてれば簡単にうつにはなりませんよ?
確かに、miomioさんの言い分は一理あると思う。うつではない人でも、自分がそうだと意識することによって知らぬ間に自分自身に呪文をかけることはできるはずだ。あるアメリカの実験では、太った人に「デブは病気だ」というと、痩せる努力をしなくなり、さらに太ったという実験結果があるが、これも自分にかける”呪文”のせいではないだろうか。
だが、文化の違いによって、「うつ」になることは現実的にあると思う。筆者もどちらかというと、miomioさんと同じような考え方をするところがあり、「うつ」という型にはめられたくないし、意識しないようにしているほうだった。
しかし、海外生活が8年目に突入した今振り返ってみると、「あの時自分はうつだったのではないか?」と思い当たることが多い。
例えば、数年前に話題だった『アナと雪の女王』を観たときだ。主人公のエルザは、まるで以前の自分のようだと思った。
周りにいる大切な人を自分の魔法の力で凍らせないように、自分の部屋に閉ざし、自分を押し込め、誰にも自分の感情を出さない。
弱いところは見せない、隠して、閉ざして、心が氷のように堅く、冷たく、どんどん凍っていく。
この感覚と心情が、痛いほどよくわかる。
自分なんていないほうがいい。自分なんているだけ、周りが迷惑だ。自分が生きているからダメなんだ。
ここまで思いつめて心が氷のように堅くなっていく感覚も、心から笑えずにいつも曇った表情になってしまう理由も昨日のことのように鮮明に覚えている。
今、その状態から抜け出してみて初めて気が付けたのだが、私の場合、うつになった一番の原因は、「周りに対して申し訳ないと思う気持ち」からだったと思う。周り、特に旦那には常に頼りきりになっていて、そんな自分を「お荷物」に感じ、死ぬほど情けないと思った。旦那の家族や友人が集まる機会でも、言葉がわからない私のせいで旦那がつまらない思いをしているのではないかと思い、自分を責めた。
私なんかいないほうが、この人のためになるんじゃないか…。
そんなことを何度も考え、そんなネガティブな思考の自分をさらに責める。次第に自分の感情は見ないように、周りに悟られないように、心が堅く、冷たく、凍っていった。
「自分は迷惑な存在」なのだと思い込む。この状態は結構きつい。
自分の存在のせいで、大好きな人を不幸にしているようで、自分で自分を認めてあげることができない。
それが「うつ」になる一番の原因なのではないかと思う。実際に、「海外生活 うつ」で検索してみると、ほとんどの場合「旦那や彼氏がいる」というケースだ。海外に慣れず、言葉がわからない自分の存在が、大切な人の負担になっていることが辛いのだ。
なら、どうすればいいのだろうか。
それはもう、ダメな自分を認めてあげる以外に方法はない。意地を張らず、プライドを守らず、できない自分を受け入れてあげる。「こんなことが辛いんだ」と、自分から周りに心を開いていく…。自分から救いを求める。自分と周りを繋げてあげる。そうやって、自己肯定感を育てていく。
そうすれば、目の前に広がる現実が違って見え、心の氷が少しずつ解けていくはずだろう。
しかし、とはいえやはり、「うつ」の渦中にいる時に、いくら「自分を認めてあげよう」と声をかけてもなかなか耳に入ってくるものではない。気分が良くなってもそれは一時で、また暗い自分に引き戻されてしまう。「うつ」というのは、そんなに生易しいものではないからだ。
しかし、それでも、あなたは大丈夫。すぐに明るい気持ちになれなくても大丈夫。絶対に、うつを乗り越えられる「時期」が来るから。今はまだ、その時が来ていないだけ。
うつを乗り越えた今になってみて、「うつになって良かった」と心から思う。自分をこんなにダメだと思う経験ができて、本当によかった。この経験のおかげで、他人にもっと優しくなれた気がする。”前向きになれない人の気持ち”が、以前より理解できるようになったと思うからだ。
突っ走るだけが人生ではないし、止まっているように思える時期でも、意識していないところで”前進”していたのだと、今になって気が付いた。
あなたもいつか、そう思える時が必ずやって来る。だから大丈夫。あなたは大丈夫。
絶対にまた、心から笑える日が来るから。大丈夫、大丈夫…。