2013年の国連児童基金(ユニセフ)と国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、日本の子供の「幸福度」は先進31カ国中6位、アジアでは1位であった。これは決して低い順位ではない。
しかし、学校のいじめ問題や、育児放棄、児童虐待など、子どもをめぐる悲しいニュースを耳にするたびに、果たして子育て世代に対するサポートを、社会や国がきちんと果たしているのかと疑問に思うことも多い。「一億層活躍社会」といえば聞こえはいいが、子育て世代や子どもたちにとって「生きやすい国」とはどんなものなのだろうか。
そこで今回は、日本・イギリス・フランスの三ヵ国で妊娠&出産&育児を経験した女性のエッセイを紹介しようと思う。彼女が経験したことは「個人の経験」であって、全ての人に当てはまるわけではないが、「子育てしやすい社会づくり」のヒントが十分に詰まった一冊である。今、日本で子育てに奮闘している夫婦におすすめなのはもちろん、祖父母世代や保育関係者、学校関係者など、子供に係る人にはぜひ読んでもらいたい本である。
【著者紹介】薗部 容子 (そのべ ようこ)
1965年大阪生まれ。 神戸女学院大学英文学科卒業後、広告代理店に就職。 退職後、通訳や英会話学校講師をするなか、第一子を出産。 1998年、夫の転勤に伴い渡英。第二子を出産。 2001年、渡仏。第三子を出産。 2003年、帰国。 一男二女の母。横浜市在住。
本に書かれている内容が、今では少し古くなってしまっているのが少し残念だが、子育て文化の違いに戸惑いつつも、前向きに奮闘する等身大の母親=著者の姿が共感できる。
さらに、これは本著の本題とは異なるのだろうが、一冊を通して、著者が日本→イギリス→フランスとうまく環境に適応していく様子が伺える点も面白い。特に、フランスでは、フランス語家庭教師シャンタルと「子育て議論バトル」を繰り広げるあたりなんかは、フランス人化しているなぁと思った。
この本を書こうと思った理由(以下、本著抜粋)
「少子化対策基本法」の目的は、「子どもを産み、育てる者が、真に誇りと喜びを感じることのできる社会の実現」だという。この日本で、子どもを産み、育てている母親たちは、どの国の母親よりも頑張っていると私は思う。いや、父親だって、頑張っている。本当に子どもたちのことを考えて頑張っている先生が、小学校にも幼稚園にもいることもわかった。が、社会として、子供にたずさわる大人たちに対して、その仕事に真に誇りと喜びが感じられるようなサポートが、本当になされているだろうか。
私自身が、日々、肌で感じた「実生活」のレベルで、イギリスやフランスは、明らかに日本よりも子育てしやすい社会であった。子育てしていることを両親が誇りに感じられる社会であった。
私は今、自分のそうした記憶があるうちに、書き留めておかなければならないと、強く思っている。(中略)そうすることで大切な母国・日本が、母親にとって、父親にとって、子どもを取り巻く人々にとって、そして誰よりも全ての子供たちにとって、心と体がいつも元気でいられるような社会に少しでも近づくことを、心から願って…。
母国ニッポン
二度の流産を日本で経験した著者。特に2度目の流産では、評判のいい先生がいる総合病院で内診を受けたが、挨拶もなく「ああ、死んでますよ」と言われる。
私はもう母親になれないのではないかと諦めかけていたころ、近所のご婦人に「あなたね、もうそろそろ親孝行してあげなさいよ」「最近の若い人たちは自分のことばかり考えて。親の方だって、手伝えるくらいの年齢で孫の顔を見たいものよ」と言われた時は悔しくて泣いた。
三度目の妊娠で生まれてきた長女の体重は1820g。自分の出産に対する不安のせいで低体重で生まれてきたのではないかと、その後も自分を責め続ける。一日6回決められた時間に赤ちゃんの体重を図り、新生児室の前で母親たちは並んで体重を一斉発表しなければならなかった。
退院後もお風呂や日光浴など、しなければならないことが細かくマニュアル化されており、もともと大ざっぱな性格の著者はこれに戸惑うことも多かったという。乳腺炎にかかったときは、助産婦さんに「ちゃんと夜中の授乳の時も前しぼり、後しぼり、やってる?」と聞かれ、「夜中までやっていたら私、もう眠る時間がなくなります」と弱音を吐くと、「あなた、母親になって夜眠ろうと思ってるの?それは母親としての自覚が足りないわねー」と一喝された。
彼女が経験したことは、現代の日本ではあり得ないものもあるだろうし、彼女の環境が特別不運だったとも考えられる。しかし、これらの経験を通して、彼女は日本での妊娠&出産の経験をこのようにまとめている。(以下、著書抜粋)
現在、たびたび新聞で小さな赤ちゃんを殺してしまった親の記事を見る。もちろん、全くの親の身勝手と見られるケースもあるし、いかなる理由であっても何の罪もない小さな命を奪うことは許されない。が、場合によっては、環境や母親の体がどんな状態であっても、常に平均値を求められる日本の育児に、”一生懸命頑張っているお母さん”が潰されてしまったのではないだろうか、ふと、七年前の自分を思い出しながら考えることがある。あのころ、私は確かに方向は間違っていたけれど、自分なりには一生懸命で、そして、壊れかけていた。
育児書にいはよく「育児は楽しく肩の力を抜いて」と書いてある。私はこれを見ると、自分が会社に勤めていたバブル絶頂期のサラリーマン川柳を思い出す。
「無理をさせ、無理をするなと、無理を言い」
私の場合で言えば、肩の力を抜きたくても、産後の指導をきちんと守ろうとして、そしてそれらを母親一人でやり遂げようとすると、抜かなくてはならないのは自分の食事や睡眠であった。夫には、育児に協力する気持ちはあったが、協力する時間はなかった。そして、協力する時間のない夫の「そこまでしなくても、いいんじゃないの?」という冷静な意見を、私は「何もしないのに口だけ出さないでよ」と、突き放した。
結局私に、育児において本当の「肩の力の抜き方」を教えてくれたのは、そして育児が「母親の仕事」でなく「夫婦の仕事」であると教えてくれたのは、日本ではなかった。
ジェントルマンの国、イギリス
その後イギリスに渡り、第2子を水中出産した著者の容子さん。ここでは土足で歩く床の上をハイハイさせても気にしないイギリス人母、家事を当たり前のように手伝うイギリス人夫、男の子をジェントルマンに育てる方法、幼稚園ランチは究極のズボラ弁当だったりと、文化や子育ての考え方の違いに戸惑う容子さんの様子がとても面白い。
ここでは全て紹介しきれないので、一番象徴的なベビーマッサージでのエピソードを紹介しようと思う。(以下、一部本文抜粋)
退院後しばらくすると、病院から、マッサージ教室の案内が来た。どんなものか見てみよう、と私も次女が七カ月の頃に参加してみた。20畳ほどのカーペットに、助産師さんを交えて15~16人のママたちが輪になり、自分の前にバスタオルをひいて赤ちゃんを寝かせる。
ラベンダーのお香がたかれた癒し空間で、マッサージを始める。大切なことは、赤ちゃんの目を見ながら、話しかけ、微笑みかけながらマッサージをすること。
それにしても、オイルをつけてにゅるにゅるの手を、ふわふわの赤ちゃんの肌の上に滑らせるのは、何とも気持ちがいい。足の指の付け根から指先へさすっていると、その一本一本にいとおしさが増す。プヨプヨの太ももを両手で挟むようにして、ニュルニュルーっと円を描いていると、昔、粘土遊びをしていたときのような、初めてのお菓子を手作りしたときのような、でも、もっと柔らかくて、もっと弾力があって、いつまでも触っていたいような、何とも言えない幸福感に浸れる。
ベビーマッサージの仕方について、助産婦さんはこうアドバイスした。
「いろいろと言ってきましたが、何よりも大切なことは、ママ自身が気持ちいいと感じることです。ママが気持ちいと思うと、その嬉しさが赤ちゃんにも伝わり、ママがにっこりすると、赤ちゃんもにっこりします。それから、ママが気持ちいいと、もっと赤ちゃんのことを好きになれます。」
「できれば一日一回、お風呂上りなどにマッサージをしてあげてください。こうでなくてはならない、ということは何もありません。ママと赤ちゃんが気持ちいいね、と思いあえれば、それで十分です。昼間、イライラしちゃった日には特に効果的です」
容子さんはイギリスに来て、何度も「ママが幸せでいることが大切なのよ」と言われてきたが、その度に赤ちゃんや子どもが見たいのは、ママが眉間にしわを寄せて必死に「あなたのためよ」と頑張る姿ではなく、ただただ、ママがにっこり幸せそうに自分の存在を見つめている姿なのだよ、と諭されている気がした。
そして「一日中泣かれて、育児がイヤになったときは、こんなことをすると、また赤ちゃんのことを好きになれるよ」と、失いそうになる愛情を思う出すヒントがもらえるのは、「苦しくたって、悲しくたって、眠れなくても、食べれなくても、愛情を感じるでしょう?ね?ね?だってあなたの赤ちゃんだものね」と、「愛情常に満タン状態」を求められるよりも、ずっと母親の心をおだやかにしてくれた。
愛とヴァカンスの国、フランス
その後フランスに行き、初めて無痛分娩を経験する容子さん。気の強いフランス人女性、母乳をはやくやめるべきだという教え、夫婦二人で食事する時間をつくること、国を挙げての充実した子育て支援など、彼女が驚いたエピソードが本著ではいろいろと紹介している。
どれも面白い話なのだが、そのなかでも最も「フランスらしい」とマダムリリーが思ったのは、産後の膣筋トレの話である。(以下、一部本文抜粋)
出産した病院で、医師に「くしゃみや咳をした瞬間に、尿漏れすることはありませんか?」と聞かれ、「あ、そういえば、あります」と答えたら、「そうならばこれは大事な問題です。専門の先生にまわします」と言われ、容子さんの膣筋トレがあれよあれよという間に幕をあけた。
筋トレ初日、専門のリハビリ療法士はこう言った。
「今日から、一緒に頑張りましょう。これは、とても大切なトレーニングです。第一に、あなたの健康のため。ここで頑張らないと、年を取ってから「尿漏れ」で苦労することになります。第二は、もちろん、あなたのご主人のためです!」
(またその理由かっ!)
この筋トレ、先生のアドバイスとサポートのもと、一時間コースを週に二回のペースで10週にわたって、徐々に筋力を回復していくようにカリキュラムが組まれていた。
私の場合、初めは恥ずかしかったけれど、このトレーニングをしなかったら、将来は間違いなく大人用オムツのお世話になっただろう。現在、日本でこう言った産後のリハビリはされておらず、専門の療法士もいない。それどころか、海外で医師に勧められて受けたこのトレーニングは医療目的とは認められておらず、エステティック何かと同じ分類にされているので、海外旅行傷害保険も適応されなかった。
フランス人女性はこれらを全て保険の範囲内で受診でき、このリハビリ療法士も、大きな病院だけにいるのではなく、各地域にいて個人で開業している人もいるという。「リシェ通りの先生がいいわよ」などと話題になるほど、彼女たちにとっては、妊娠前の体を回復するうえで当然受ける権利のある医療行為として、認知されているのだ。
現在、日本で尿漏れの経験がある40代以上の女性は、三人に一人といわれる。担当は泌尿器科だが、女性医師はわずか。日本泌尿器科学会員のうち、女性はわずか3%である。また「尿失禁」の薬が開発されたようだが、薬を飲んで止めているのと、自らの筋力で鍛えなおして回復するのとでは、全く違う。「薬」を常用して聞かなくなった先には、「オムツ」があるのではないだろうか。
人間にとって、オムツをつけるというのは、精神的にもダメージが大きい。それで、一気に地方が進んでしまうお年寄りもいるとか。人間としての尊厳にかかわる問題である。日本社会が本腰を入れて少子高齢化対策に取り組み、「産めよ増やせよ」と言うのであれば、二人目、三人目と出産する女性の体にどんな変化が起こるのか、まずその実態を把握し、こういった療法士を育てるとか、トレーニングを採り入れるとか、適切な対策をとって、子供をたくさん産んだ女性が安心して年齢を重ねられるよう、国として真剣に考えて頂きたいと思う。
おわりに
他にも本著では、家族&夫婦のあり方の違いや、英仏での子どもの預け方なども紹介されている。なかでも最終章の、日本にもバカンスを導入すべきだと言う彼女の意見は、マダムリリーも一字一句全て賛成である。
本著のアマゾンの評価では日本のママたちからの評判も良く、「凝り固まっていた自分のココロがスーッとラクになった」、「自分らしさ、人間らしさ、普通の毎日が取り戻すヒントをくれた」、「この本を読んで気が楽になった」という感想が寄せられている。
「母親なんだから、こうしなきゃいけない」という世間のルールで追い詰められて、苦しくなってしまっているお母さんにはぜひおすすめしたい一冊である。