「外国人嫌悪」
外国人嫌悪とは、外国人や異民族などのアウトサイダーと見られている人や集団を嫌悪、排斥あるいは憎悪する気質を指す言葉だ。経済のグローバル化が進んでいると言われて久しいが、私たち人間の“気持ち”の部分でのグローバル化はなかなか難しいようだ。
特に、人口の98.5%を日本人が占める国では外国人嫌悪が強いと揶揄されることも少なくない。日本に住む外国人のほとんどが多かれ少なかれ外国人差別を経験したことがあるという。
日本最古の英字新聞社であり、在日外国人向けに情報を発信する「JapanTimes」では度々、日本における外国人への差別が話題にのぼっている。そのなかでも最近、記者のデビットさんが書いた「Police, media must consider plight of those caught in linguistic dragnet」には多くのコメントが寄せられ、反響が大きかった。そこで今回は、外国人ライターが主張する日本の警察とメディアの問題点、そしてそれらが与える在日外国人への影響を伝えたいと思う。
ニュース「ブラジル系の男を逮捕」報道の問題点

日本には犯罪事件を報道するとき、誤報や事実と確認されていない事を決めつけた報道をしたり、事実を故意に編集し誇張した報道により、被報道者の名誉などを破壊してしまうことがないように法によって個人が守られている。しかし、残念なことに“個人”を守る法はあっても、“グループ”を守る法はないという。
ヘイトスピーチ(hate speech)という言葉をご存じだろうか?
ヘイトスピーチとは、ある個人や集団を、人種(民族)・国籍・性といった先天的な属性、あるいは民族的文化などの準先天的な属性、あるいは宗教などのように人格との結び付きが密接な特別の属性で分類し、それを有することを理由に、差別・排除の意図をもって、貶めたり、暴力や誹謗中傷、差別的行為を煽動したりするような言動のことを指す。また、それらを共有する人々全体を誹謗中傷し、あるいは特定の無能力性と結びつける表現を意味する言動もヘイトスピーチになる場合がある。(参照wikipedia)
日本においては、憲法において言論の自由が強く保障されていることを理由に、ヘイトスピーチ自体を特別に取り締まる法律はない。 差別的言論を規制する意図を背景に検討されているが、「言論の自由の侵害の危険性」など、法案の合憲性、制度の必要性などを巡って議論している段階である。
記者のデビットさんが問題に挙げている日本のヘイトスピーチは、テレビのニュースや新聞などで伝えられる犯罪事件の報道だ。日本のニュースではよくこのようなフレーズを聞く。
「白人を逮捕」、「黒人を書類送検」、「ブラジル系男性を捜査中」、「犯人はアジア系集団だと思われる」…etc.
白人は欧米人を指し(ヒスパニックも含める)、黒人はアフリカ人やアフリカにルーツがある人、ブラジル系は南アメリカの人全て、アジア系は日本人以外のアジア人を指す。他にも「東南アジア人風」や「中東系」、「インド系」、「中国人系」、「フィリピン系」という言い方があり、民族は不明だが日本人ではなさそうな人には「外国人風」という言い方をする。しかし、このカテゴリ分けに疑問を感じる人が多い。
遺伝子学者である J.C. Kingはこの分類の仕方を厳しく批判している。
“民族の違いは文化の違いである。2人の人間が「自分と同じ民族だ」と判断するのは遺伝子の類似性によってではない。歴史や習慣、個人の教育や経験によって人は自分がどのグループに属しており、どのグループとは違うかを判断するわけである。人と人を客観的に線引きするようなことはできない。”
確かに彼の言っていることは一理ある。移民の少ない日本ではないことだが、例えばヨーロッパでは両親が中国人のフランス人がいる。もちろん見た目はどこからどう見てもアジア人だが、両親が中国人でも本人は中国にあまり行ったことがないという人も多い。こういう人も“中国人風”と形容されるのだろうが、当の本人はこれっぽっちも中国人だと感じないかもしれない。
「このようなカテゴライズをするからステレオタイプが生まれる。見た目だけで犯罪者だと決めつけることになりかねない。」デビットさんは語る。
確かに日本に住む外国人が集まる海外サイトなどを見てみると、外国人の見た目という理由だけで職務質問されたという嫌な経験があり、不満をもつ人も多い。私たち日本人でも海外に行って警察に呼び止められたり、テレビの報道で「日本人風の男を逮捕」と流れたらあまり良い気はしないのではないか。
ヘイトスピーチのない捜査と報道を!
とはいえ、上に挙げた「外国人風」などの形容詞は全て容疑者を表す大切な情報である。ヘイトスピーチなしで、国民に偏見をあたえることなく報道するにはどうしたらいいのだろうか。デイビットさんはこのような方法を説明している。
1) 容疑者(外国人)が逃走中で、注意の呼びかけが必要な時は日本人が容疑者の場合と同様に性別や身長、体型、髪の色などを伝える。容疑者の国籍を推測しない。
2) 容疑者(外国人)が事情聴取で拘留中の場合は、罪が確定している状態ではないので容疑者の身体的特徴や国籍などの詳細を報道する必要はない。
3) 容疑者(外国人)が逮捕されたとき は容疑者の国籍を明かしてもいい。ただし、犯人のルックスを連想させるような身体的な特徴を伝える必要はない。
4) 被告人に無罪判決が出たとき は必ず国籍を報道すること。被告人の社会的信用を取り戻すためにメディアが協力すべきである。
人口の98.5%を日本人が占める日本では、外国人は「外国人であること」が何にも変えられない一番の特徴だ。そういった背景もあり、警察もマスコミも安易に「容疑者は外国人だ」と伝えてしまっているのではないかと思う。しかし、これは「外国人は犯罪者」、「外国人は危ない」という間違ったイメージを植え付けてしまうことになりかねない。
そして何より、相手の立場になって考える精神が欠けているのではないかと思う。日本人でも外国人でも、地球上の誰もが自分を否定されるのを嫌がるだろう。“人が嫌がることはしない”と幼稚園で教えてもらうのに、実際の大人の世界ではこれを守ることがとても難しく、悲しく思う。

日本人でも外国人でも平等に、基本的人権を守る。相手の嫌がることはしない。
在日外国人の人権やヘイトスピーチの取り締まりなど、日本が変わらなければいけない時代はもうすぐそこまで来ている。
