フランス人が日本に来て驚くことの1つに、日本のサービス業の素晴らしさ・便利さがある。銀行も、郵便局も、スーパーも、「接客業」と呼ばれるものならどこでも、気持ちのいい笑顔で応対してくれ、店員さんの親切&丁寧さに感動する。「日本のサービスはいい!フランスだったら~だよ。」と、口を合わせて言うフランス人たちの話を、当時の私は半分「へぇ~そうなんだ」と聞き、半分「冗談でしょ?」と思って聞いていた。
それから時が経ち、フランスに来て10ヶ月。最初は戸惑うこともあったものの、冗談?と思うようなフランスのサービスの悪さにも慣れた今日この頃。
だから最近は、バスが20分遅れようが、タバコ屋のおばさんの不機嫌な態度に接しようが、ピザ屋のお姉さんが乱雑に商品を扱っているのを見ようが、ホームセンターで店員さんに間違った売り場を教えられようが、「まぁ、こんなものよね」で片付け、気にもとまらなくなった。
むしろ、こう考えるようになった。
バスが遅れてても、「バスが来るなら良かった。」
2週間で届くはずの書類が3ヵ月後に届いても、「ま、届いたんだから、いーか。」
不機嫌な店員さんにあたっても、「売ってくれるんだからいいや。」
電話で5分で済む質問なのに、電話が繋がらないためわざわざ出向いた保険屋で、1時間待たされても、「まぁ、質問できたし。いーか。」
おそらく、いちいち腹を立てていたらこっちの気がもたなくなると思う。
たまに商品説明が抜群にできるスポーツ店の店員さんとか、テキパキ働くファーストフードの店員とか、笑顔のいいパン屋のお姉さんとかに出会うと、「あぁ~、あの人はプロだ!」と感心する。
こんな状態を、フランスのサービスの悪さに慣れたというのは少し違う気がする。私のなかでの「サービス」基準のレベルが下がったと言ったほうがしっくりくる。
そう思う、出来事が先日あった。
それは日本のコンタクトのアイシティに電話した時の出来事である。長年使っていたコンタクトレンズが破損し、新しいものをこっちで作るために、そこで視力検査した時のデータを聞き出すためだ。たったこれだけのことなのに、「断られたら~と言おう」と、まず考える。
電話して第一声、
「御電話ありがとうございます。コンタクトのアイシティ~店、担当〇〇が御承ります。」と、気持ちのいい声が。
久しぶりに聞いた、ネィティブスピーカーの日本人。電話でのよそゆきの声に、私の緊張は一気に高まる。
私:「あの、以前そちらで診察を受けた者なんですけど、その時のコンタクトレンズのデータを教えて頂けませんか?」
お姉さん:「はい、かしこまりました。ではお調べ次第、こちらからおかけ直しますので、お客様のお電話番号を頂戴できますか?」
(あっさりと承諾してくれたことにまず感動!)
5分ほどして、
お姉さん:「大変お待たせして申し訳ありませんでした。」
私:「いえいえ、全然待ってません。」
(中略)
お姉さん:「他に何かわからない点など、おありですか?」
私:「いえいえ、本当に助かりました。ありがとうございました。」
始終、私は緊張しっ放しだった。日本にいた頃はそんなことは全くなかったのに。
何というか、店員さんがあまりに丁寧だから恐縮してしまうのだ。日本では当たり前の対応でも、何とも申し訳ないような気持ちになる。
この時、初めてわかった。フランス人が日本のサービスに感動していた気持ちが。
日本にいた頃は、当たり前となっていたから深く考えなかったけど、日本のサービスは本当に素晴らしい。日本で接客業に就いている人はすごいと思う。
当たり前になっていて気にもとめないようなことは、失って初めてそのありがたさに気づく。
結論。
世界一便利なサービス大国、日本で生まれ育った日本人がフランスのサービスに慣れきってしまうと、個人の思い描くサービスレベルの基準が下がり、日本のサービスの良さにアタフタしてしまう・・・のである。
写真:Elvin
