フランス人と結婚し、フランスに移住して3年になる。
最近はこっちの生活にも慣れ、パリにいる日本人たちと一緒にいると、自分が海外に住んでいることすら忘れてしまいそうになることも少なくない。
海外生活が長くなり、様々な国際感覚をもった日本人と出会ううちに「真の国際感覚をもつ人」とはどういう人を指すのかを考えるようになった。
英語が流暢に話せて、世界のどこにいってもコミュニケーションがとれたら、国際人なのか?
海外での生活20年、30年と長ければ国際人なのか?
ハーフやクヲォーターは国際的感覚を持った人なのか?
海外で目標があり、自立して生活できるだけで国際人と呼べるのか?
どんな人が「真の国際感覚をもつ人」と呼べるのか、未だによくわからない。
しかし、フランスで生活するようになって思ったのは、フランスにいる日仏カップルとフランスにいるそうではない日本人では“フランス人に対する見方”に大きな違いがあるということだ。これは、当然と言えば当然であるし、もちろんフランスに限ったことではない。
ただ、フランスでそこに住む人(フランス人)と一緒になる人とそうではない人の間では温度差があるように感じる。
例えて述べるなら、それは動物園に来るお客さんと飼育係との違いのようだ。
動物園に来るお客さんは、ライオンの檻の前に行けば心のどこかでライオンの“獰猛な一面”に期待する。
実際にライオンが大口を開けて吠えでもしたら、大喜び。「やっぱりライオンは獰猛ね」ということで納得する。
これと同じことが海外でもあるように思う。
当然ながらフランスに住む日本人は、日本に住む日本人に比べてフランス人について詳しい。
色んな本を読んだり、ネットで調べたり、人から聞いた話を、記憶のどこかにしまっている。
「フランス人は年中恋愛してて、浮気をよくするらしいよ」
「フランス人は日本人よりも責任感がないから、あんまり働かない」
「フランス人は理屈並べて無理難題を押し付けてくるから、はっきり断らないとだめよ」
そんな情報をどこからともなく(自分から求めなくとも)聞く。
これらのステレオタイプはもちろん、真実である。
しかし、真実ではあるが、同時に真実ではないのだ。
私自身、外国人やフランス人のステレオタイプをネタの元にしてマダムリリーの記事を書いているので偉そうなことは言えないが、こういった情報を何も考えずに信じ切ってしまうのはいかがなものかと思う。私の書く情報も、本当にそうなのか?正しいのかを自分で考え吟味してほしいと思う。
というのも、海外生活の長い現地人とは結婚していない日本人ほど、外国人への固定観念が固まっているように感じるからだ。
先ほどの動物園のライオンを例にとっていうと、固定観念の固まっている日本人はライオンの前で「やっぱり獰猛ね」とコメントするお客さんたち。
しかし現地人と国際結婚した日本人は、ライオンがさみしそうにしている所も見れば、病気して弱っているライオンの“弱い一面”、“獰猛ではない一面”も観察しているのだ。先に、動物園に来るお客さんと飼育係との違いと述べたのはこのためである。
つまりフランス人を例に挙げて述べるとするなら、恋愛ばかりじゃないフランス人も見ているし、日本人以上に一生懸命働くフランス人の姿も見ているし、主張ばかりせず言葉を飲み込む姿も見ているわけで。当然のことながらステレオタイプに当てはまらない部分もたくさんある。
だからこそ、「フランス人って~だからね」という決めつけを聞くたびに残念に思う。
フランス人を一方面でしか見れなくなってしまったのは何故だろう?
どうして固定観念は生まれてしまうのだろう?
もっと言えば、なぜ我々日本人とは違う人間として捉えるのだろうか?
言葉や文化は違えど、人間なのだから一緒のはずだ。自分の家族になった人がフランス人だったら、日本人のあなたとフランス人を違うものとして見るだろうか?
真の国際人とは何なのか、私には未だにわからない。
ただ、日本人、アメリカ人やフランス人(外国人)という括りではなく、地球という同じ星に住む『地球市民』のメンタリティを持つことが「真の国際感覚をもつ人」への必須条件のような気がしてならない。
