新国立競技場の建設問題やエンブレムの見直しなど、ドタバタとスキャンダルが続く日本。本当にこのままで、5年後の2020年に世界中の人を迎え入れられる国際都市になれるのか懸念する声も多い。しかし、東京オリンピックの準備問題は何もオリンピックに直接関係することだけではない。
そこで今回は、「おもてなし」の国であるはずの日本の「ホテルの質」を疑問視する一冊を紹介する。著者である桐山氏が”劣化しきった”と語る日本のホテル業界の現状や問題点を学んでみよう。
【著者紹介】 桐山秀樹(きりやま ひでき)
ノンフィクション作家。雑誌記者を経て、作家デビュー。ホテル、旅行、航空等、サービス産業を舞台にしたホスピタリティーの研究を手がける。三十年以上、ホテルを心底愛し、利用してきた。
…この本からは、何よりも著者のホテルに対する愛情を感じた。愛しているからゆえの、劣化したホテルの質に対する怒りが行間からひしひしと伝わってきた。
それでは彼が指摘するホテルの劣化とは、具体的にどんなことを言っているのだろうか。本書のなかから、その一部を紹介する。
劣化するばかりの日本のホテルの問題点
・鉄道系ホテルの「支配人」の地位の軽さ
阪急阪神ホテルズ、名鉄グランドホテルなど、2013年の食材偽装問題が発覚したホテルは全て鉄道系ホテル。食材偽装を行うような組織としての弱さの象徴が総支配人の地位の低さである。鉄道系ホテルの場合、グループ内での天下りや余剰人員、はたまたダメ社員の”受け皿”ともなっているそうだ。
・サービス料10%の行き先
日本のホテルではチップを払わなくていい代わりに、レストランなどでサービス料10%を自動的に引かれるが、これは企業側が全て徴収している。レストランのスタッフが均等に分け合っているのではない。そのため、サービスする側は「もっといいサービスをすれば収入が増える」というモチベーションはまるで沸いてこない。
・自称「最高級ホテル」
「最高級ホテル」というのは誰が決めたわけでもなく、何かの基準があるわけでもない。ホテル側が自分たちで勝手にそう言っているだけ。そもそも日本は、「ホテルを評価する客観的基準」が何もない、先進国でも数少ない国なのだ。
・宿泊特化型ホテルの増加
ファーストクラスのホテルとビジネスホテルの中間にできた新たなマーケットの「宿泊特化型ホテル」。宴会場はなく、ルームサービスを省いたり、1階にコンビニを並設するなど、全ての無駄を省き、確実に設けるためのホテルばかりが増えた。
・ホテルブランドの逆転現象
日本の場合は、パリやロンドン、香港に比べ、高級ホテルが驚くほど安い。海外では一泊6~10万円する超高級ホテルも珍しくないが、日本の場合はせいぜい一泊3万5千円。その代わり、一泊8千円で泊まれるビジネスホテルの機能性が高いので、日本の超高級ホテルはそのサービスに見合う料金を取れないのだ。
・語学的な専門スキルが壊滅的
バブル崩壊前は海外の提携ホテルでの研修制度があったが、今でもこの人材交流を続けているのは帝国ホテルぐらい。外国人旅行者を迎える窓口となるホテルが、そうした人材育成、社員教育をまったく怠っている。日本のホテルは日本人のみを受け入れるためにあるという、まさに「ホテル・ガラパゴス」状態である。
本著では、それぞれの問題点をより詳しく説明している。これだけ見ても、日本のホテルが”低価格路線”で競争してきたせいで、海外の高級ホテルのスタンダードからズレてしまっていることがわかる。
著者の桐山さんは、日本のホテルを再生するためには5つの要素が必要不可欠だと説明している。
日本のホテルを再生するのに必要な5つの要件
- 日本人の現場スタッフの能力をさらに生かすための、外資系ホテルにおける日本人総支配人の採用と、海外のホテルの優れたサービス・マニュアルの遵守。
- ホテルに投資するオーナーの企業側が、より長期的な視点に立ち、その不動産価値を最大限に高めるようなホテル運営を、現場に指示する。
- 「CS」(顧客満足)の実現には、「ES」(従業員満足)が必要不可欠
- 食材偽装問題で明らかになった表示の曖昧さを改め、「原産地表示」や表示のルールを決めるガイドラインの徹底など、品質管理のためのイノベーションを、業界全体で知恵を出し合って行う
- これらの用件を経営者側と折衝して実現する若くて元気のいいリーダーを、総支配人や部門長に抜擢する
ホテル業界内部の人事を改革する必要があると著者は考えているようだ。確かに、バブル崩壊後の大不況、デフレ、リーマンショックと、日本の顧客志向が”高級感”から”手軽さ”へ移行してきており、昔ながらの丁寧なサービスを高い値段で提供していては採算がとれないというのも、日本のホテルが抱える厳しい事情なのかもしれない。
しかし、オリンピック招致のスピーチであれだけ「お・も・て・な・し」を主張しておきながら、日本のホテルはすべて「軽自動車」か「高級軽自動車」のようだと思われてしまったら、新国立競技場以上に恥ずかしい事態となってしまうのではないだろうか。
さらに本著では、このような手厳しい指摘もされていた。
お隣の韓国は2012年で1114万人と日本より一足早く観光客数1千万人を達成し、韓国の入国観光客は世界23位にランクされている。
これに対してわが国は、世界33位と大きく出遅れている。観光産業の売り上げもGDPの5%と、世界の半分しかない。
こと観光に関しては、日本は「観光立国」どころか「観光発展途上国」である。
確かに日本は他の先進国に比べても、外国人観光客を想定した国づくりという点で遅れていると思うことが筆者もしばしばある。日本人のための”日本”ではなく、日本に来た外国人が「また日本に行きたい」と思わせるような配慮や工夫が必要なのではないか。国全体をあげて、そうした外から来た人を迎え入れる努力ができれば、2020年の東京オリンピックをきっかけに日本がアジアでトップの観光立国として君臨することも可能なのかもしれないと本著を読んで思った。